埼玉からここへ移り住んだ
駅前の大銀杏がこの町のシンボルだとすぐに気がついた
ここに住むことにした理由の一つに
この風景があった
住人は少ないが
この木の前を通り
皆
この町を出る
ある日
人々のうつしおみを見つめてきた
この大きな木が切り倒された
一段と広くなった青空
これも空蝉と
私は都心へ向かう
この店を通りかかった時
私はつい足を止めてしまった
見慣れたものからそうでないものまで
全てのありとあらゆるモノが一見無秩序に
美しく絡み合っていた
遥か昔も現在も混在する
私の頭の中を
風のように通り過ぎた風景は
眠っていた記憶を持ってきた
風呂で遊んだぐるぐる回る玩具
スナック菓子に似ている絨毯の布地
蚊取り線香のかほり
ナイター中継…
何を見ても満ち足りていたのは
過去が絡まって
良く見えなくなっていたからか
解いて
美しく絡み直す
人通りのない
眺めの良いこの場所で
見えない片目をしっかりと開き
不自由な片足をソファーに埋め
今日も店主は
ハイライトを吸っている
古新聞からおむすび
老夫婦が息子の帰りを待つ様を歌った歌詞を
思い出す
夕方から朝のラッシュまで
無人駅になるそのホームでも
人々の表情は豊かな毎日
大切に過ごしても
出鱈目でも
日は登り日は沈み過ぎて行く
どうって事のない風景に隠れた刹那へ目を向けると
自分の都合などちっぽけなものだなと
実感する
もう汽車はきません
とりあえず今日は来ません
今日の予定は終りました…
この世の人々が織り成す様
空蝉
二十歳になるまでシャワーがなかった
昔ながらのタイル張りの床
コンポーズグリーンのコンクリ壁が
浴室の記憶
成人した男がやるような事ではないのだが
浴槽に浸かり
水面に向かってシャワーを落とす
そのシャリシャリとした音が大好きで
湯気の中で癒された
よく雨が降る年だった
雨傘に当たる雨粒の音や光は大好きだ
ポチパチと弾ける雨粒の音
多分
金色だと思った
懐かしく
通り過ぎる
形を変えて
色も変えて
通り過ぎる
思い出のような
轍のような
忘れても
覚えている
キオク