おはなし二巻 壱頁

M10
M10

うつしおみ

 

埼玉からここへ移り住んだ

駅前の大銀杏がこの町のシンボルだとすぐに気がついた

ここに住むことにした理由の一つに

この風景があった

住人は少ないが

この木の前を通り

この町を出る

 

ある日

人々のうつしおみを見つめてきた

この大きな木が切り倒された

一段と広くなった青空

 

これも空蝉と

私は都心へ向かう


1445×700
1445×700

私の轍

 

この店を通りかかった時

私はつい足を止めてしまった

見慣れたものからそうでないものまで

全てのありとあらゆるモノが一見無秩序に

美しく絡み合っていた

 

遥か昔も現在も混在する

私の頭の中を

風のように通り過ぎた風景は

眠っていた記憶を持ってきた

風呂で遊んだぐるぐる回る玩具

スナック菓子に似ている絨毯の布地

蚊取り線香のかほり

ナイター中継…

 

何を見ても満ち足りていたのは

過去が絡まって

良く見えなくなっていたからか

解いて

美しく絡み直す

 

人通りのない

眺めの良いこの場所で

見えない片目をしっかりと開き

不自由な片足をソファーに埋め

今日も店主は

ハイライトを吸っている


M10
M10

空蝉

 

古新聞からおむすび

老夫婦が息子の帰りを待つ様を歌った歌詞

思い出す

 

夕方から朝のラッシュまで

無人駅になるそのホームでも

人々の表情は豊かな毎日

大切に過ごしても

出鱈目でも

日は登り日は沈み過ぎて行く

 

どうって事のない風景に隠れた刹那へ目を向けると

自分の都合などちっぽけなものだなと

実感する

 

もう汽車はきません

とりあえず今日は来ません

今日の予定は終りました…

 

この世の人々が織り成す様

 

空蝉


M30
M30

雨音色

 

二十歳になるまでシャワーがなかった

昔ながらのタイル張りの床

コンポーズグリーンのコンクリ壁が

浴室の記憶

 

成人した男がやるような事ではないのだが

浴槽に浸かり

水面に向かってシャワーを落とす

そのシャリシャリとした音が大好きで

湯気の中で癒された

 

よく雨が降る年だった

 

雨傘に当たる雨粒の音や光は大好きだ

ポチパチと弾ける雨粒の音

 

多分

金色だと思った


M10
M10

キオク

 

懐かしく

通り過ぎる

 

形を変えて

色も変えて

通り過ぎる

 

思い出のような

轍のような

忘れても

覚えている

 

キオク